(株)ヤマボシ
| 静岡県焼津市 |
| いい社風がいい仕事をつくります |
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| ヤマボシの男性従業員 |
| 代表取締役 服部 芳明 |
わたくしどもの会社の創立は、幕末1862年(文久2年)です。設立は昭和25年今年で57年目になりますがその間紆余曲折ありましたが、創業より守り続けてきたことは、お客様を大切にすること、そして信頼のおける会社、人間になりたいと言うことでした。そして わたしで9代目になりますが、素直な心で、熱意を持って、誠実に実行し、反省し 感謝する姿勢で頑張って行きたいと思っております。また、高い志を持って、日々改善、日々実行に励みたいと思っております。 |
| 思うこと ・経営理念 |
| 稲盛和夫氏の「生きる」の中で人間の生きる意味や人生の価値は心を高め、魂を練磨することであると言っております。そのためには日々の仕事を精魂込めて一生懸命に行なっていくこと、自分のなすべき仕事に没頭し、工夫をこらし、努力を重ねていくことと言っております。さらに常に前向きで建設的であること。感謝の心を持ち、協調性を有していること。明るく肯定的であること。善意に満ち、思いやりがあり、優しい心を持っていること。努力を惜しまないこと。足るを知り、利己的でなく強慾ではないこと。私はこれらの事を心に刻み、私だけではなく 従業員共々 日々実行していきたいと思っております。それがいち経営者として会社の品格、個人の品格を作っていくものと確信しております。 |
| まぐろの知識―漁場によってそんなに違うものですか? |
一般的に量販店で売られているのは、台湾船、韓国船の並漁場、インド洋、大西洋です。台湾船、韓国船が悪いとは言いませんが、わたくしどものめばちまぐろは、良漁場であるジョンストン、マーシャル漁場、西経漁場、ソロモン漁場のまぐろ、日本船で冷凍能力の良いもの、しかも25kgから40kgの人間で言う20歳位の身の弾力の良いまぐろを一括仕入れしそこから尾切り選別しているのです。あくまで選別されたまぐろなのです。良漁業、並漁場の違いは、水温の高低、えさの質によってまぐろの身質が違ってくるのです。 通常、一般的に水温の低い良漁場はめばちまぐろ、びんながまぐろが多く、並漁場はきはだまぐろや黒皮かじきまぐろが多いといった魚種的な生息というかそのようなことが言えます。 また、ジョンストン、マーシャル漁場の色目は、インド洋、大西洋の薄い赤色に比べ、褐色、ダイダイ色をしていて本当にすばらしい色です。もちろん食べてもうまみ、甘みがあり当社と致しましては、自信を持って生活クラブ組合員にお奨めできます。 |
| 生活クラブとの出逢い |
| 1987年秋(昭和62年)に、当時生活クラブ連合会の矢作氏と(有)奥和の奥村社長が当社、まぐろの状況を聞きにこられました。翌63年3月生活クラブ東京で試験的にめばちまぐろサク300gをやって頂くことになり10月に連合取り組みにさせて頂きました。その後、戻りかつお、びんながまぐろ、めばちまぐろブロックを取り組んで頂き社長、従業員ともども大変感謝しております。 |
| 消費材ができるまで |
1990年平成2年秋、当時生活クラブ埼玉の河野専務、渡辺さん他 数名の職員の皆さんがこられ、まぐろの加工実態を見学され、もっと安くまぐろが食べられないかと言うことで、まぐろのブロックを埼玉単協で2ヶ月に一度取り組むようになりました。渡辺さんが、当時一所懸命まぐろの食べ方をPRして下さり、組合員の皆さんに支持して頂いたので、最大2868個と驚異的な数をご注文頂きました。そして1995年10月に連合企画とさせて頂きました。 |
| 生活クラブとの提携・現在とこれから |
お陰様で生活クラブにご指導を頂き、わたしくどもの消費材もめばちまぐろ、ぶつ切り用めばちまぐろ、めばちまぐろブロック、まぐろのカルパッチョ風、お正月用めばちまぐろ、まぐろの漬け丼の具、メバチ・ビンナガ漬け丼の具、びんながまぐろ白醤油漬け丼、びんながまぐろ、戻りかつお、戻りかつおたたき、焼津のまぐろの佃煮、鮪ごはんのもとと等増えてきました。時代とともに、消費材のスタイルも変化していくと思いますが、しっかりとした経営理念をもって品質第一、生活クラブ組合員に喜ばれる消費材づくりを目指し日々改善、日々実行していきたいと考えております。 |
| 私たちが扱っている消費材の一覧です |
| ○まぐろの漬け丼の具、メバチ・ビンナガ漬丼の具、びんながまぐろ白醤油漬け丼の具 ○もどりがつお○めばちまぐろ○びんながまぐろ○めばちまぐろブロック○ぶつ切り用めばちまぐろ○まぐろのカルパッチョ風 ○びんながまぐろ(延縄)ぶつ切り用 ○戻りかつお炭火焼たたき |
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わたくしどもの会社の創立は、幕末1862年(文久2年)です。設立は昭和25年今年で57年目になりますがその間紆余曲折ありましたが、創業より守り続けてきたことは、お客様を大切にすること、そして信頼のおける会社、人間になりたいと言うことでした。そして わたしで9代目になりますが、素直な心で、熱意を持って、誠実に実行し、反省し 感謝する姿勢で頑張って行きたいと思っております。また、高い志を持って、日々改善、日々実行に励みたいと思っております。
1990年平成2年秋、当時生活クラブ埼玉の河野専務、渡辺さん他 数名の職員の皆さんがこられ、まぐろの加工実態を見学され、もっと安くまぐろが食べられないかと言うことで、まぐろのブロックを埼玉単協で2ヶ月に一度取り組むようになりました。渡辺さんが、当時一所懸命まぐろの食べ方をPRして下さり、組合員の皆さんに支持して頂いたので、最大2868個と驚異的な数をご注文頂きました。そして1995年10月に連合企画とさせて頂きました。
お陰様で生活クラブにご指導を頂き、わたしくどもの消費材もめばちまぐろ、ぶつ切り用めばちまぐろ、めばちまぐろブロック、まぐろのカルパッチョ風、お正月用めばちまぐろ、まぐろの漬け丼の具、メバチ・ビンナガ漬け丼の具、びんながまぐろ白醤油漬け丼、びんながまぐろ、戻りかつお、戻りかつおたたき、焼津のまぐろの佃煮、鮪ごはんのもとと等増えてきました。時代とともに、消費材のスタイルも変化していくと思いますが、しっかりとした経営理念をもって品質第一、生活クラブ組合員に喜ばれる消費材づくりを目指し日々改善、日々実行していきたいと考えております。





