生産者名一覧

(株)焼津養鰻漁業協同組合

静岡県焼津市
本格派、江戸前のうなぎ蒲焼
「匠の味」を食卓に
 
 
代表理事組合長 川村 眞吉
南アルプスを源とする大井川の良質で豊富な伏流水は、下流地帯(現在の静岡県焼津市、志太郡大井川町、榛原郡吉田町、榛原町)で盛んにうなぎの養殖を生業としてきました。
しかし、近年の輸入うなぎの増加・相場の暴落で私たち生産者は厳しい経営をしています。
そんな中、生活クラブに納品している8生産者は組合の助けを借りながらも生産し続けています。
どうぞ、皆さんうなぎを食べて頂きたいと思います。
「作る手・食べる手・その手はひとつ」を私たち生産者も「実践」していきたいと思います。
 
参事・営業本部長 池谷 兼男
焼津養鰻加工場で毎日うなぎを加工しています。土用の丑の日にうなぎを食べる習慣からもわかるように、日本人にとってうなぎはきってもきれない関係にあります。万葉集の大伴家持の歌にあるように、うなぎは千余年も昔から食べられ、スタミナ源として認められています。
キャッチコピーにあるように、うなぎ職人が江戸前の蒲焼を作る工程を加工場ラインで再現する努力をしています。
目で見て、試食で味の確認と手作りに近い方法で製造しています。
手作りの味の醍醐味を、どうぞ試してください。
 
うなぎ「うんちく」―うなぎの生活史
生活クラブのうなぎは、日本うなぎと言う種類です。生態にはまだまだ謎が多いのですが、学説によりますと、日本うなぎは5年から15年間、川や湖で生活した後海へ下り、その後フィリピン東方海域で卵を産むと言われています。
生まれたうなぎの子供は、黒潮に乗って11月から翌年の4月に日本の沿岸に辿り着き、その一部が養殖用に採られ飼育されます。
最近の研究でグアム沖で産卵との新聞報道もありますが、「?」マーク付きで確定までは行っていません。
 
うなぎ語源集
■うなぎ
うなぎの胸ヒレはのあたりが黄色い事から「胸黄」→「むなぎ」→「うなぎ」
■まむし
関西では、蒲焼をご飯とご飯の間で蒸すことから「間蒸す」→「ままむす」→「まむし」
■土用の丑のうなぎ
一説には江戸の科学者、平賀源内がうなぎ屋夏枯れ対策には「本日土用の丑」の今で言うポスターを作ってやった事からとも言われています
■蒲焼
その形が「蒲の穂に似ているから」「芳しい香りがする事から」とも言われています。いずれにしても日本独特の料理方法です
 
生活クラブとの出逢い
私たち生産者が初めて訪問したのは、91年神奈川でした。ちょうどその頃、生活クラブでは養殖うなぎを食べない運動みたいな事をやっていて「とんでもない所へきてしまったな」と言う気持ちでした。
その後コミュニティクラブ・生活クラブ千葉と取り引きが始まり96年には連合企画となりました。
 
消費材ができるまで
うなぎ蒲焼は生活クラブの消費材として開発されたものではなく、私たち生産者が今までやってきた事を生活クラブに評価して頂いたものです。昭和50年代まで、池は病気の発生で薬漬けになっていた事もあります。私たちも薬品をよく使っていましたが、それでは駄目だと思い、事前の病気予防を基本として薬品使用をなくす努力をしてきました。
また加工場では、蒲焼のタレを無添加にして製品作りをしてきました。
その結果として今日の私たちがあると思います。
 
生活クラブとの提携・現在とこれから
現在、連合企画になってから丸榛吉田うなぎ組合(1級河川大井川の西側)と一緒に共同購入に向いた生産を続けています。
私たち生産者にとって生活クラブとの取り引きは、他の得意先への信頼感に繁っています。
今後は現在のうなぎ蒲焼の他に今度は皆さんと消費材の開発をしていきたいと思います。
今2件の組合でありますが、生活クラブの理念に賛同する所があれば様々な形で活動の輪を広げてみたいと思います。
 
私たちが扱っている消費材の一覧です
うなぎ長蒲焼 約150g真空パック
 

S.gif マークは、生活クラブを代表する消費材のマークです。生産の安定と信頼、利用の高さなどにもとづいて設定されます。社会的な優位性、材のもつ運動性を語ることができる消費材です。
try2.gif マークは、組合員が参加して開発された消費材を示すマークです。多くの組合員からの聞き取り調査や市場調査を行い、原材料の選定から生産者視察など、すべての規格仕様の決定に関わり開発した消費材です。
また掲載している上記の消費材はすべてでない場合がありますので詳しくは生活クラブ連合会のWebサイトへどうぞ。

 

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