北海道チクレン農業協同組合連合会
| 北海道札幌市 |
| 北の大地からお届けします! |
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| (有)おうむアグリファームに広がる牧草地風景 |
| 代表理事理事長 上神田 幸夫 |
組合員の皆様こんにちは、長年食べ続けていただいております「牛肉・コンビーフ」の北海道チクレンです。安全な食品の一つとして、安心して提供できるよう、生産・加工の一連の工程で日夜最善を尽くしております。 北海道チクレンは戦後、食糧増産のための緊急開拓事業で北海道に入植した開拓農家が組織した農協を母体として設立し、現在肉用牛生産を中心として運営しております。 組合員の皆様から寄せられる声を最も大切な情報ととらえ、常に安心して利用していただける消費材を生産するよう心掛けています。 今後とも組合員の皆様と私たちがつくり上げた消費材に対し、是非ご意見・ご提案をいただけますようお願い申し上げます。 |
| 東京営業部長 宮崎 晴美 |
どうしてもっとちゃんとした食品がないのだろう?という素朴な疑問が“消費材”をつくってきました。その大切な“消費材”の安全性と美味しさを正確に素早くお伝えするという信念を持って、我々はお手伝いをしてまいりました。今後も組合員の皆様に安全に、かつ正確に“消費材”をお選びいただく為に、より高度な情報と、飾りのないわかりやすい言葉で牛肉についてご紹介していきたいと思っています。 |
| 牛肉のことをよく知っておいしく食べよう!―牛肉の特徴は? |
| ◆酸素に触れない部分は暗赤色です 牛肉は酸素に触れて赤く発色します。肉のかさなった部分や下になった部分などは、酸素に触れないため黒ずんでいますが、傷んでいるわけではありません。ただし、臭いなどに異常があるときは食べないで下さい。 ◆肉の繊維を見極めて切ります ブロック肉をうす切りにする時は、肉の繊維に垂直に切ることで繊維が短くなり食べた時の食感が良くなります。また、チンジャオロースー用などの細切りにする時は、繊維にそって長く切ります。 ◆加熱は鉄分の吸収を高めます 牛肉は加熱することによって、肉の中の鉄分が変化して、体の中で吸収しやすくなります。 日頃不足しがちな鉄分をおぎなう有効な食品です。 |
| 牛肉の保存の仕方は? |
| ◆すみやかに冷蔵庫へ 牛肉は生鮮食品です。受け取ったらすぐ冷蔵庫(7℃以下)に入れて保存して下さい。 ◆長期保存は冷凍庫へ 長期間保存する場合は、すぐに冷凍庫(-18℃)で保存して下さい。解凍後は、早めにお召しあがり下さい。 再凍結は風味を著しく損ないます。 ◆ドリップ(肉汁)を処理して保存 パックの中に流れ出た肉汁が牛肉の腐敗を早めます。使用して残った肉を保存する場合には、必ず新しいラップに移しかえて保存しましょう。 |
| 生活クラブとの出逢い |
同じ「夢」がきっかけ日本の牛肉の値段が世界一高いと言われていた頃、生活クラブが牛肉市場の“霜ふり信仰”を打ち砕いて赤身指向にしたいという夢の実現のため、(有)古平牧場を設立いたしました。 その頃、チクレンは健康な赤身牛肉づくりをすすめており、また、北海道の広大な土地を有効利用した肉牛生産を目指していました。 肉牛生産の基本的な考え方が一致し、生活クラブと同じ夢の実現に向かって、1982年(昭和57年)牛肉の産直が始まりました。 |
| 消費材ができるまで |
“絶対に一頭買いを可能にしたい”という気持ち組合員自身が目指した品質・規格の牛肉(健康な赤身牛肉)をつくるために、「一頭買い」という考え方を基本に、1982年(昭和57年)に冷凍流通によるブロック肉での実験取り組みがはじまりました。 牛肉は豚肉と違って部位が多いため、一般市場にあわせた基準では難しいなど様々な問題がありましたが、“牛肉の特徴を知り、調理方法を工夫し伝えたい。絶対に一頭買いを可能にしたい。”と組合員のリーダーが必死に伝えたことで、1983年(昭和58年)から本格的な取り組みが開始されました。 また、1990年牛肉の自由化を前に「よりおいしく食べるために」と共同購入のチルド流通を実現させ、組合員の皆様と「牛肉への思い」を共有することができました。 |
| 生活クラブとの提携・現在とこれから |
私たちは忘れません2001年(平成13年)9月、国内で初めてBSE(牛海綿状脳症)感染牛が確認され、私たち生産者は存亡の危機に直面しました。しかし、組合員の皆様の理解と協力により私たち生産者は支えられました。 「牛肉への思い」を長い間共有し、お互いに信頼を築いてきたことを確信しました。その信頼の絆のもとこれからも組合員の皆様と夢の現実に向けてがんばります。 |
| 私たちが扱っている消費材の一覧です |
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組合員の皆様こんにちは、長年食べ続けていただいております「牛肉・コンビーフ」の北海道チクレンです。
どうしてもっとちゃんとした食品がないのだろう?という素朴な疑問が“消費材”をつくってきました。
同じ「夢」がきっかけ
“絶対に一頭買いを可能にしたい”という気持ち
私たちは忘れません





